お知らせ
〜蓼科 親湯温泉よりお届けする今月の1冊『繪なき繪本』〜

「重い雲が天を蔽って、月は全く現はれて來なかつた。私は二倍になつた寂しさで私の小さい部屋の中に立つて、空中の月が輝くべき筈の邊を見上げてゐた。私の考は廣く飛び廻つた。さうして每晩私にあんなに美しく話をして聞かせたり、繪を見せてくれた偉大な友人に及んだ。」
『繪なき繪本』は、デンマークの作家・詩人としても知られるアンデルセンが書いた連作短編集です。月は夜ごとに大都会の屋根裏部屋で寂しく暮らしている貧しい画家を訪れ、空から見た世界各国の出来事を33夜にわたって聞かせました。画家はその話を書きとめたという設定で、33章からなる短い物語が収められています。散文詩風の短い物語は、無邪気な子供のスケッチから鋭い人生批評までと幅広い内容で、陰影深く人生を浮き上がらせます。天保11年(1840年)の初版では20夜まででしたが、再版では31夜まで、安政元年(1855年)の第4版で33夜が揃い、大正4年(1914年)の版では挿絵が入りました。


日本で出版されたのは、昭和9年(1934年)のことです。茅野蕭々(ちのしょうしょう)が訳し、岩波書店から出版されました。蕭々は諏訪市出身のドイツ文学者であり、詩人、翻訳家です。旧制一高在学中から、与謝野鉄幹が主宰する『明星』に同人として短歌、詩、評論などを寄せ、ペンネームの「蕭々」は鉄幹から与えられました。『明星』廃刊後も、森鷗外、鉄幹らの『スバル』で活躍しました。
大正13年(1924年)から14年(1925年)にかけてドイツに留学をし、帰国後は「フアウスト物語」「リルケ詩抄」などを次々と翻訳刊行。さらに、「独逸浪曼主義」、ライフワークとなった「ゲョエテ研究」などを執筆しました。
『繪なき繪本』は、その後、多くの人に翻訳され『絵のない絵本』として知られるようになりますが、蕭々の翻訳は、童話というよりも大人向きという印象があります。また、歌人としても活躍した蕭々の訳には心地よいリズムがあり、アンデルセンがもつ独特の「孤独感」や「静謐な美しさ」を見事に映し出しています。
