主の独り言
知的な時間を過ごすと言う事 外山滋比古&渡部昇一
僕のあこがれの言葉に“知的”
と言う言葉がある。
この言葉に惹かれるようになったのは
いつからかわからないが、
そんな生活を送りたい
と高校生くらいから強く思うようになった。
まだまだ知的とは言える時間を過ごせているか
かなり疑問であるが、
年々少しずつは理想に近づけているとも思っている。
そして、“知的”
というキーワードに対して掘り下げた人物が居る。
先月もブログで紹介した
外山滋比古先生。
外山滋比古とは言葉のスペシャリスト。
知的というキーワードをかみ砕き
わかりやすく説明してくれる人物だ。
読書をする上で、個人的に大発見だ!
と思い自分のノウハウとして利用していた読み方は、
今日読み返したら実は、この本から過去教わったことであった。
(20年前くらいだろうか・・)
本当に記憶というのは曖昧である。
お恥ずかしながら、この本から相当教えを頂いており
僕のオリジナルと思っていたことが相当教えられていたのである。
お恥ずかしい限りである。
そして、書棚にこの本と並べて置いてあったのは
こちらも有名人渡部昇一先生の“知的生活の方法”である。
1976年の本である。
なぜ並べて置いてあったかはペラペラ読み返すと思い出してくる。
こちらも、“知的”という事に対し
様々な方面からアプローチをしているエッセイである。
僕が思い描いた知的生活というのは、
実はここにほとんど書かれている。
というか、書かれていた。
独自に着想していたと思っていたことの
多くはこの本からの影響であったのだ。
本当に、人とは環境の産物である事を再確認すると同時に、
影響を受ける本と言うのは、心の奥底まで
突き抜けるように入り込んで住み着いているのに衝撃を感じている。
これら2冊は、ホコリをかぶらせてしまっていたが、
表に出し、目に見えるところにおいて、
常に見直すべき本であろう。
それにしても、偉大な2冊である。