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お知らせ

2026.07.28

〜蓼科 親湯温泉よりお届けする今月の一冊『俳句の作りよう』〜

 『俳句の作りよう』高浜虚子

虚子は本書の中で、次のように述べています。
「何でもいいから十七字を並べてごらんなさい。」
「どうでもいいからとにかく十七字を並べてごらんなさい。」
「『や』『かな』『けり』のうち一つを使ってごらんなさい、そうして左に一例として例記する四季のもののうち、どれか一つを詠んでごらんなさい。」
虚子の俳人としての人生の出発点は、正岡子規との出会いでした。子規に俳句を教わり、虚子の号を授かり、さらに子規の協力によって俳誌『ホトトギス』を継承します。主宰となってからは、小説や和歌なども掲載する俳句文芸誌として再出発し、夏目漱石から『坊っちゃん』や『吾輩は猫である』の寄稿も受けました。
明治35年(1902年)に子規が没した後、虚子はしばらく俳句を作らず小説に専念します。
しかし大正2年(1913年)、俳壇に復帰し、「守旧派」として五七五の伝統的な定型や季語を重んじる姿勢を貫きました。また、『ホトトギス』の理念である「客観写生」「花鳥諷詠」を提唱し、俳句の伝統を守ることに尽力しました。さらに、水原秋桜子、山口誓子、中村草田男ら後進を育て、昭和俳壇の隆盛の基盤を築いた功績が高く評価され、昭和29年(1954年)には文化勲章を受章しています。
虚子は長野県とも縁が深く、戦時中には小諸で4年ほど暮らしました。また蓼科 親湯温泉にも訪れ、気に入った虚子は「我が宿の親湯はここぞ薄紅葉」という俳句を残しています。この句は現在、フロントカウンター正面に掲げられ、館内ツアーもこの句からスタートします。

『俳句の作りよう』は、1914年(大正3年)に実業之日本社から刊行された俳句の指南書です。俳句界の巨魁が書いたと聞くと難解な内容を想像するかもしれませんが、誰にでも分かりやすい日常の言葉で書かれているのが特徴です。「十七字を並べてみること」「ものをじっと眺めること」「じっと案じ入ること」といった言葉は、これから俳句を始める人の背中を押し、実作に悩む人に新たな気付きを与えてくれます。幻のベストセラーともいわれた本書は、平成21年(2009年)に角川ソフィア文庫から『俳句の作りよう』として再刊されました。

《蓼科倶楽部 高浜虚子スイート》

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