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お知らせ

2026.01.26

〜蓼科 親湯温泉よりお届けする今月の1冊『日本百名山』〜



『日本百名山』

「本書にあげた百の名山は、私は全部その頂上に立った。百を選ぶ以上、その数倍の山に登ってみなければならない。どのくらいの数の山に登ったか数えてみたことはないが、私の山登りは少年時代に始まって今日に至るまで殆ど絶えたことがないから、多くの山を知っている点では自信がある」

『日本百名山』は、文筆家であり登山家でもあった深田久弥が書いた山岳随筆集です。昭和34年(1959年)から4年間、雑誌『山と高原』に連載した随筆をまとめて、昭和39年(1964年)7月に新潮社で刊行されました。

深田久弥は明治36年(1903年)に石川県加賀市に生まれ、12歳のときに富士写ヶ岳に登ったのがきっかけで登山に興味を持ったといわれます。高校・大学時代に本格的に登山に目覚め、日本各地のさまざまな山に登りました。

『日本百名山』では、標高1500m以上、「品格・歴史・個性」を兼ね備えた100の山を厳選しています。また、本人が実際に登った山であることが絶対条件となっています。あとがきに書かれた上の文章のように、100の山を選ぶだけの知識は十分にあったのでしょう。

百名山の中には、蓼科山も含まれています。そこには、円錐形をした山容の美しさだけでなく、実際に一人で登ったルート、そして蓼科高原が伊藤左千夫や斎藤茂吉、島木赤彦など、アララギ派の歌人が集まった文化の発信地であったことなどが記されています。

最後には「やがて蓼科高原の親湯温泉へ出た」との記述があるように、深田久弥は蓼科 親湯温泉を訪れ、湯に入って疲れを癒したといわれます。その後も再び蓼科 親湯温泉を訪れたという深田久弥。蓼科山の魅力を語るのに、親湯温泉は欠かせないものだったことが分かります。

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