お知らせ

2025.12.29

〜蓼科 親湯温泉よりお届けする今月の1冊『第百階級』〜

『第百階級』

「ぐりまは子供に釣られてたたきつけられて死んだ
取りのこされたるりだは
菫の花をとつて
ぐりまの口にさした

半日もそばにいたので苦しくなつて水には這入つた
顔を泥にうづめてゐると
くわんらくの声々が腹にしびれる
泪が噴上(ふきあげ)のやうに喉にこたへる

菫をくはへたまんま
菫もぐりまも
カンカン夏の陽にひからびていつた」


『第百階級』は、昭和3年(1928年)に刊行されました。当時、草野心平は東京で生活することができずに、友人のいる群馬県前橋市に移り住んでいました。

タイトルの「第百階級」とは、社会の底辺にいる階級のこと。草野心平は、社会運動には参加していませんでしたが、虐げられた労働者に対して同情心があったとことから、この作品は、原初的生命意識やアナーキスティックな思想を表したものだといわれます。

すべて蛙を題材にしているのがおもしろいところで、草野心平が蛙の世界では庶民ばかりで総理大臣もいないことや、蛙の方が人間よりも長い間地球に生存し続けていることなどに感動したことから、この作品以降も蛙の詩を作り続けたといわれます。

作品の中には、土の中で寒さと空腹に耐える蛙たちの様子を描いた「秋の夜の会話」のほか、「るるり」「りりり」と繰り返す「おれも眠らう」、「●」一つだけの「冬眠」など、独創的な詩もあります。冒頭に掲載した「ぐりまの死」は、子どもにおもちゃにされて死んだ蛙「ぐりま」と残された蛙「るりだ」が登場します。「るりだ」が人間のように悲しみ、嘆いている様子、「ぐりま」が干からびていく様子は、人間が生きるこの世の理不尽さを蛙を通して訴えているように思えます。

草野心平は、蓼科 親湯温泉にも訪れたといわれています。もしかしたらここでも蛙の詩が生まれていたかもしれません。

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