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2025.09.26

〜蓼科 親湯温泉よりお届けする今月の1 冊〜『友情』

『友情』

「野島がはじめて杉子に会ったのは帝劇の二階の正面の廊下だった。野島は脚本家をもって私かに任じてはいたが、芝居を見る事は稀だった。」

武者小路実篤の小説『友情』は、大正8年(1919年)の10月16日から12月11日に『大阪毎日新聞』に掲載され、翌年4月に以文社から単行本が刊行されました。

物語はタイトル同様、主人公である新進脚本家の野島、作家の大宮を中心に進みます。二人は固い友情で結ばれ、尊敬し合いながら仕事に情熱を傾けていました。ある日、二人は共通の友達である仲田の妹・杉子に出会います。それから二人の友情は大きく変化していくことになります。

モデルは、野島は実篤、大宮は共に『白樺』を創刊した親友、志賀直哉だといわれます。女性にのめり込みやすい実篤、冷静でスポーツマンの志賀の特長が現れていますが、実際にこの二人の間に三角関係はなく、杉子は実篤がかつて恋した女性たちのイメージを総合したものだとか。また、大宮の姉のモデルとなったのは実篤の亡き姉であるなど、現実とは異なる部分が多くみられます。

実篤が『友情』を書いたとき、ちょうど理想郷を目指して建設された「新しき村」が創設二年目になるころでした。実篤は「この小説は実は新しき村の若い人たちが今後、結婚したり失恋したりすると思うので両方を祝したく、また力を与えたく思ってかき出した」と述べています。「新しき村」の若者へのメッセージとして書かれた『友情』。三角関係をどろどろとしたメロドラマではなく、明るく前向きなタッチで描いた作品は、現在の人々の心にも響き、多くのファンに愛されています。

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