お知らせ

2024.05.29

〜蓼科 親湯温泉よりお届けする今月の1冊〜

『生き方指南』

「智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」
夏目漱石がいうように、どうやら今も昔も生きていくことはとても簡単なことではないようです。だからでしょうか、世の中にはどうやったら生きやすくなるのか、どうやったらものごとが上手くいくのかを書いている本がたくさんあります。今回紹介するのは、幸田 文の『生き方指南』です。といってもこれは、指南書として書かれたものではありません。幸田文がかつて身の回りに起きたことや人生を振り返って書いたエッセイや『新潟日報』に掲載された読者の人生相談「なやんでいます」の答えを、孫娘である青木奈緒が再編集したものです。

幸田文は、「露伴、漱石、鷗外」と並び称され、日本の近代文学を代表する作家の一人である幸田露伴の次女です。5歳のときに母を亡くし、12歳の夏休みから露伴による生活技術の教育を受け、14歳で新川の酒問屋へ嫁ぐまで一家の家事全般を担いました。結婚して間もなくひとり娘の玉(のちの青木玉、エッセイスト)が生まれますが、やがて家は没落、夫は結核になり、文は玉を連れて離婚して再び露伴とともに暮らします。

本書の中で、文は自分のことを「私はいわゆる出戻りの、離婚して帰って来た女なのだ」と書いています。当時は今ほど離婚が一般的ではなかった時代です。荒波にもまれた人生を乗り越えて、たどり着いた穏やかでつつがない日々の中で書かれた文章は、男女、親子家庭教育、お金の話など多岐に渡り、こうしたことから生まれる幸と不幸、人生の機微などがテーマになっています。江戸前の歯切れの良い文体の中に感じられる厳しさとやさしさ。昭和の女性ならではの上品でやわらかな言い回し。どんな人生の指南書よりも心にすっと入ってくる一冊です。

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