お知らせ

2025.03.27

〜蓼科 親湯温泉よりお届けする今月の1冊〜

『八十八夜』

「自動車は、諏訪湖の岸に沿って走っていた。闇の中の湖水は、鉛のように凝然と動かず、一魚一介も、死滅してここには住まわぬ感じで、笠井さんは、わざと眼をそむけて湖水を見ないように努めるのだが、視野のどこかに、その荒涼悲惨が、ちゃんとはいっていて、のど笛かき切りたいような、グヮンと一発ピストル口の中にぶち込みたいような、どこへも持って行き所の無い、たすからぬ気持であった。」

太宰治の短編小説『八十八夜』は、若い時は「反逆的」で「ハイカラ」な作家として注目されていたが、現在は生活に追われ作家としてすっかり俗化してしまった主人公が、すべてから逃げ出すように、懇意にしている女中のいる上諏訪を訪れたときの物語です。通常は美しく表現される諏訪湖の風景が、「一寸先は闇」という主人公の気持ちによって、ここまでも暗く重苦しく綴られているのに驚かされます。

『八十八夜』は、昭和14年(1939年)に、『新潮』8月号で発表された作品です。当時の太宰はこれまでの乱れた生活を反省、家庭を守る決意をして、1月に石原美和子と家庭を守る決意をして、1月に石原美和子と結婚。そして、結婚後間もない八十八夜に信州の諏訪、蓼科を訪れて、蓼科 親湯温泉に宿泊しています。タイトルがなぜ『八十八夜』となったのか・・・。読んでいてとても不思議でしたが、内容はともかく、この新婚旅行がきっかけだったことが分かります。

結婚、新婚旅行を経て、精神的にも安定した太宰は『女生徒』『富嶽百景』といった名作を次々と発表しました。太宰が転機の時期に訪れた蓼科 親湯温泉。この滞在で、太宰は何か大きなインスピレーションを感じたのかもしれません。

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